Project SOLA

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人と人との情が芸と文化を狂わせていく 〜昭和元禄落語心中〜

      2017/04/11

え〜文化というのはまた面白いもので、必ず最初は伝統から始まるんですがね?それが段々次第に町民へと広がってきて、広がってきたかと思えば、今度は大体仲違いしやがる。するってえと「そんなのは文化じゃねえ!ふざけてんだったら他行ってくんな!」とばかりに大御所たちからのお叱りの声が飛んでくるってんでさあ。

そんなわけで今回は、【昭和元禄落語心中】についてちょろっとお話をさせて頂きますんで、お時間ある方はちょっくら聞いていってくんなせい。

まずはこちらの話を簡単に紹介させて頂くと、昭和になって段々落語という文化が廃れてきちまいやがった時代の話でさぁ。人々はみんなTVだなんだって浮かれちまいやがって、もうちっとも落語になんて目を向けやしねえ。落語なんかよりももっと面白いものはたくさんあるし、なんであんな退屈な決まりきった話を聞かなきゃならないんでえ?……そんな時代の真っ只中。

現れたるは一人の無謀な落語好きの与太郎と、落語の芸を極めんとする大師匠。そしてそんな落語に人生を絡め取られてしまった情深い人々。まさに落語で語られるような、湿っぽくて明るくて、そして人情に溢れた落語業界の最後の顛末。一体全体、果たしてどうなることやら……?

てけてんてんてん。





ここからは口調を元に戻そう

こちらの原作マンガが、アニメにもなっているが、元々の原作も素晴らしい中身でありながら、『落語』がテーマということで、アニメの方は声優さんの芸の極地と言ってもいい出来であり、椎名林檎作曲林原めぐみのテーマ曲も最高だ。

というわけで、注目のポイントを見ていこう。

  • 大衆文化は50年で終わる

という説があるらしいが、まさしくこれはその通りかもしれない。実際に最近ではこれよりもサイクルは早くなっているのかもしれないが、おそらく50年もすると文化や社会、そしてインフラが変わり、皆「飽きて」しまうのだろう。

そこから、「伝統文化」路線を行くか「適応」して新時代に合った形へ変化するか……というルート分岐が起こってくる。これは文化と呼ばれるものから、今現在流行っている比較的新しい物まで、全てに共通する宿命なんだと思われる。

  • 元禄文化は戦争中の自粛文化

もう一つのポイントは、昭和元禄時代は様々な文化が開花した華やかな時代でありながら、戦争が始まった自粛自粛の自粛文化でもあったということだ。さらにその後の高度成長期により、娯楽が溢れて落語が解禁されるのと共に、落語という文化自体が衰退していく。

その中で葛藤する新進気鋭の落語家たちと、落語を変えるぐらいならそのまま衰退させて心中してしまおうという旧き人々。このすれ違いが、後の悲劇を生み出す素となっているのである。今回は割愛するが、この自粛自粛ムードというのは【この世界の片隅に】でもあったように、景気衰退サイクルの分かりやすい目印でもあると思っている。

  • 落語は共感である

なるほどこれは確かに、「笑わせるもの」だと思っていた落語のイメージを覆された。ただ笑うだけならば、コントや一発芸の芸人の方が面白いのかもしれないが、それは多分、共通の文化背景を持っている人同士の場合だ。……つまり、前提条件を理解できている人同士のコミュニケーションなのである。

落語の場合、これをもう少し長い文脈でストーリー仕立てにして語るため、視聴者の想像力を働かせて共感を与えることが可能となる。であるならば、必ずしも笑えなくとも、オチまでの過程で喜怒哀楽を疑似体験することが落語の醍醐味である、ということは新しい価値になるだろう。

  • 芸の道は死神の道、人の道は情の道

この話の中にも、永遠の命題である『凡人と天才』の対比が出てくる。凡人は天才に対してコンプレックスを抱きながらも、とにかく努力を重ねて実力を付けていく。だがどこかでやはり、「あいつには敵わない」という尊敬と嫉妬という複雑な思いを抱えながら生きていた所で、天才ゆえの気まぐれに振り回され、人生を大きく狂わせられる。

決して後戻りは出来ない人生が決まってしまった後にも、なんとか抱えきれないほどの後悔を昇華させるため、歪んだ関係を続けたまま、それでも芸を磨いていきたいと雑念を払うかのように芸一筋に集中していく。

人情が織りなす、なんとも言えず憎めないドラマ

この『情』という奴は、なんて無駄でめんどくさくて厄介な代物なのだ……。私は芸のことだけを考えて生きていきたいのに!!!果たしてその行き着く先は、死神へと続く道なのである。死神から逃れて生きていくためには、人の道である『情』を受け入れなければならない。

この永遠のテーマは、クリエイターであろうとする人間なら、誰もが理解することができるだろう。昭和という時代、そして落語というテーマが織り成す世界観は、複雑に絡み合った人間関係と合わせて、とても趣きのある表現となっている。でありながら、過去の因縁が語られる辺りからは上質なサスペンスまでも含まれていく。特に、最終話まで見なければ分からない結末は、落語のオチと同じように必見である。

 

情が人を狂わせる

芸が情を狂わせる

 

どうしようもなく因果な浮世は、果たしてどこへ向かって揺れ動くのか。いずれ人には情など無くなり、システムとネットワークによって動くようになってしまうのか……っていや違う、人はライブを求めてるんだ。それが落語の存在意義なのだ。

……つまるところ、落語ってのは人と人との情とコミュニケーションを概念化した、未だ機械には代替できない揺らぎの文化ってことなんでしょう。

語るに落ちるこの物語。あっしにゃあどうにも他人事として観てることなんてできない展開が待ち受けておりました。だがしかし、ネタバレになるんじゃあ、これ以上は語れないってもんよ。……とは言ってもここまで全部、一言も口を開かず、無言で書き記してるだけなんですがね。

……どうもこいつぁお後がよろしいようで。

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