Project SOLA

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阿吽 #projectsola

      2017/04/11

先日、おかざき真里による『阿吽』というマンガを読み、最澄と空海について非常に興味が出てきた。

ちなみに、マンガHONZでもレビューが載っている。

犀の角のごとくただひとり行く最澄と空海―。マンガ「阿・吽」は現代のベンチャー起業家こそ必要だ!
http://honz.jp/articles/-/42414

ここからは、作品中に出てくる台詞を引用しながら進めよう。



「言葉によって自らの心の中に降りていく。しかしこの世に繋ぎ止めるには器としての身体が重要なのだ。しかし、精神だけでは外道に堕ちる。言・心・体を一体にしないと戻って来られぬ」

言葉を重要視している私にとって、その一つ一つの台詞が心に響いてくる。

少し前に、『世界は東洋と西洋のサイクルを繰り返している』という噂が飛び交ったことが合った。そして最近、結構それは本当かも?……と思うようになってきた。仏教が最近になって興味を持つ人が増えてきたことからも、そうした流れはあるような気がする。例えばイケダハヤト氏、孫泰蔵氏など……。

西洋文明とは、簡単に言えば『物質主義であり、資本主義』だ。逆に東洋文明というと、『精神主義であり、自然主義』ではないかと思う。

もっと言うと、西洋文明は理系であり数学的で、東洋文明は文系であり哲学的とも言えるかもしれない。

超近代史で言えば、工業が発達してきた西洋文明的世界が、インターネットによって東洋文明的に変化しているとも言える。何故かと言えば、インターネットとは『人類の精神を繋ぎ合わせるもの』だからである。ネットワークとはよく言ったものだ。

SNSに象徴されるように、人々は物理的距離や障壁を越えて繋がれるようになったおかげで、今ではほとんど物質が必要なくなってきてしまった。……これからはもっと増えるだろう。その分、今度は精神的充足を求めるようになっていくのではないだろうか。

「大学を辞め、叔父の元を出、道教、儒教の道を断った。これで仏教も自分を満たせなかったら、この世に自分を満たすものが無かったら、世の中全てに絶望することになる」

二人の僧侶は、この世の理を求めて修行し、まだ見ぬ世界へ旅立つことを心に誓う。

……さて。

昔から人は、修行をする時になると山に篭もるのが通例である。何故修行僧は山に篭もるのだろうか?……いくつか仮説を立ててみた。

「寺には入らぬよ。……寺には何も無い」

  • 精神的な干渉を避けるため

何故人が近くにいると、集中できなくなってしまうのだろうか?

……これはきっと、感受性が高い人間ほど顕著で、その分物理的にも影響を受けやすいのではないかと思われる。量子的に見た場合、おそらく人と人は精神の周波数が同じなので、外部から干渉されやすいのだろう。その『磁場』のようなフィールドがぶつかってしまうのではないかと思われる。

「そして数千年後にこの書を読む全ての人のこととなる」

  • 生命的に追い詰められるため

山に篭もるということは、必然的に都市部に比べて野生に近い生活となる。その過程において、どんどんと俗世間的な余計なものをそぎ落としていくことになる。より無駄な部分を取り除いていき、最後まで残ったものが人生にとって最も重要なことなのだろう。

断食も同じようなものだが、近年増えているという進路に悩んでいる若者たちは、ぜひとも山に篭って欲しいものだ。中途半端なことをやっているよりも、すぐに目指すべきことは見つかるだろう。

「袈裟とは糞掃衣のこと!死体に巻かれて獣に喰われた布をつなぎ合わせたもの。もとより混沌と汚濁の中から生まれたものである!」

  • 自然の摂理を学ぶため

自然の中には、生も死も美も醜も全てある。これはつまり人間社会では見つかりづらい『真実』である。自然とは数学であり科学であり、生命であり哲学である。自然を学ぶことは、地球の仕組みを学ぶことであり、人間を学ぶことにもなる。

「場がどれほど荒れようと、お主は言葉を発してはならぬ」

さすが真言宗というだけあって、空海を取り巻く言葉たちは、非常に力があって魅力的なワードばかりだ。

そこに、おかざき真里のどこか浮世離れした絵が加わり、当時の雰囲気をうまく再現しているような不思議な世界観が描かれる。……もしかしたら、江戸時代後期と同じように、平安時代も今と同じような歴史が繰り返されていた時代なのかもしれない……。

 

山に篭もれ。

 

繰り返すが、これからは精神の時代であり、東洋思想が広まってくることだろう。そろそろ、物理的でない場所に存在する【バーチャル寺院】や、【デジタル僧侶】のような人が出てきてもいいのかもしれない。

そういう意味では、私も今は山に篭もっているのと同じようなものだ。

「自らが人たらしであることを知っている。だから空海は、他人に頼みごとをするのが苦手なのだ」

全く持って、興味深い。

 

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