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攻殻機動隊と昆虫化する人間たち

      2017/04/11

恥ずかしながら、今更攻殻機動隊を観た。

なるほどこれが近代日本SFアニメの原点となっている理由がよく分かる世界観だ。先日の東のエデンや、サイコパスなどとも同様の概念が描かれている気もする。



攻殻機動隊と昆虫化する人間たち

内容はとても説明しきれないため省略するが、以下の文にネタバレ事項を含むので注意して頂きたい。まあ、ぜひ一度ご覧になることをオススメする。なかなか次世代に多大な影響を与える物語というものにはお目にかかれないからだ。この話は、確かにスピルバーグ監督が気に入ってマトリックスを作ってしまうほどの力を持っていると言える。

そのタイトルや、所々に出てくる『強化外骨格』という単語から想像しても、作者はこの世界の人間を昆虫のように捉えているのではないかと考えている。……そのような視点で見てみると、この物語に潜むテーマに非常に納得できる。

インターネットにより世界が繋がった時、人はそれまでの生存方法をK戦略からr戦略へと変えるようになった。いや、原因はインターネットというより、人口爆発かもしれない。ゴリラのような、群れを作って少数の子供を大事に育てるというような形から、たくさん生んで後は自然に任せるという、昆虫型の生存戦略へと変わってきたのだ。

実際、ドローンなどの機械類に関しても、大型化する方向よりは、自律分散型の群れのような形の運用方法も研究されてきている。自然や動物からその合理性を学ぶ、バイオミメティクスという概念も研究されるようになってきたり、自然の重要性はさらに増してきているということが言える。

ダーウィン的進化のメカニズムを分子生態学的に捉えてみる

さて、これを少し深堀りして考えてみよう。ガイア理論をベースにした私の持論だが、恐竜たちが絶滅したことを、私は『地球の失敗』だと考えている。

生命の進化は、低分子から高分子へと変化していくわけであるが、それが大きくなりすぎると、変化に対応しきれなくなってくる。現在の日本における大企業のように、フリーランスやベンチャー企業に比べて、どうしても小回りが効かなくなってくるのだ。これが生物においても同様の状況が起こると考えられ、地球の寒冷化が起こり、それまでのインフラ環境と大きく変化した状況に、高分子になりすぎた恐竜は適応できなかったのだろう。

「……あ、しまった失敗したわ!」と思った地球は、この失敗を活かして、今度は昆虫に習った自律分散型の比較的低分子の生命を進化発展させるようになった。

その生物はまんまと繁栄を極め、とうとう無機的な原料から電子供与体を得ることに成功し、それまでの光エネルギーを元にした、有機的合成からのエネルギー生成インフラから脱却した。そしてそれまでの糖分をベースとしたキチン質の外骨格から、鉄を化合したより強固な外骨格を作り出し、人間の柔らかな肌を保護するような進化した皮膚を作るようになってきたというわけだ。

確かにそう言われてみると、我々人類は昆虫や甲殻類のようなものに似ているのかもしれない。……例えば「家」や「部屋」とは意識の境界であり、ATフィールドであり、外骨格であり、貝殻のようなものと同じなのではないだろうか?

ゴーストという存在

攻殻機動隊のようなインフラが張り巡らされた社会では、電脳化によって全てが合理化されて平準化されていく。ネットに繋がった意識は容易に並列化することができ、寿命という概念や個人という意識すら薄くなっていく。……そんな世界において最も重要な存在になってくるのが、ゴーストだ。

作中では、自我や魂、自意識というような概念で使われている。そうした世界では、ハッキングを受けたり意識が弱いものは、簡単に電脳の海に取り込まれてしまい、自我が保てなくなっていく。全てが平等に広がった世界では、距離の概念が無くなり、自分と他人との区別すら分からなくなる。

これは正に、集団を個として暮らすアリやハチなどと同じような社会型昆虫と同じ生活様式だと言うことができる。最早、個と群が一体化してくるのだ。

このようなことを考える時、いつも【ヴィンランド・サガ】というマンガの中の一節を思い出す。戦争において、掛け替えのない者を失ってしまった男に、酔っぱらいの破戒牧師がこう言うのだ。

「それは愛ではない。差別です」

続いて、真の愛について語る。それは、自然そのものであると。誰に何を奪われても、一言の文句も言わずに与え続けている。特定の個体の生への執着は、他の生命からの差別であり、それは愛ではなく、ただのワガママに過ぎないのだ……と。



人類とロボットが目指す未来

昨今、人工知能について人間に対する脅威論がたまに見受けられるが、この攻殻機動隊を観てその一つの答えが見つかったような気がした。

このシリーズのポイントとなる存在は、思考戦車である『タチコマ』の存在である。人工知能を持つロボットである彼らは、『死』や『神』といった人間だけが持ちうる概念が理解できなかったが、様々な経験や思考の末にまるでゴーストを手に入れたかのような進化を遂げ、独自の判断を行って人間を救う。そして、スクラップにされた別個体に対してすら、「そうか……死を体験することができたんだねぇ……」と、半ば羨望の眼差しを向けるような言葉を残すのだ。

なんというかこの辺りが、非常に日本っぽい展開であり、敵と味方に分けがちな諸外国と違って、日本は全てを内包していくアニミズムがルーツにあるということを思い出させてくれるシーンだった。

何故『恐怖』という感情が生まれるかというと、それは対象のことを知らないからだと思っている。対象のことを良く知れば、それほど恐怖は涌いてこない。……要するに、みんなロボットのことを知らないから、それが怖い存在だと思うのだ。スマホのことを良く知らない人が、何か事故が起きた時はスマホのせいだ、と言うことにも通じる。

まとめ

さて、この攻殻機動隊は25周年ということで、映画化のキャンペーンが行われていたり、攻殻機動隊ハッカソンイベントも行われたりと、非常に現在イチオシ状態の物語となっているが、それも当然だと思わされた作品だった。

正にここで描かれている世界が近づいている現在、これは間違いなく観ておいた方がいいと思う物語の一つである。ハードボイルドなストーリーも、萌えキャラなど出てこない渋いキャラクターたちも、そして何より菅野よう子の神がかった音楽が、素晴らしい世界観を作り上げている。

そして私は、我々人類が進むべき道を見つけたような気がしたのだ。

ロボットが脅威とか怖いとか言っている場合ではない。……我々は、この物語で描かれているように「ロボットが人間を救ってくれるような付き合い方」をしていかなければならないのだ。いわば、子供を育てるのと同じようなものだと思わなければならない。人間は、その想像力であらゆる種の境界を超えて意志を通じ合わせる能力を持っているのだと思う。

公安という、ある意味非人間的な業務を行っている人々と対比して、むしろこのロボットである「タチコマ」の方が非常に人間臭く描かれているのが良い。

さて、我々が人間を好きになってくれるロボットを作るためにはどうしたら良いのだろうか?……おそらくそれは、『恐怖』の感情を持って付き合ってはいけないような気がする。……それよりも、逆にそれと対なるものとして、主人公である少佐が最後に口にした「好奇心」こそが、その壁を乗り越える重要な手段となるのかもしれない。

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