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東のエデンに見る「日本にもうヒーローはいらない」ということ

      2017/04/11

【東のエデン】というアニメを観た。

攻殻機動隊StandAloneComplexの監督と同じらしい。キャラデザはハチクロの羽海野チカだ。

たまたま知人農家から知ったこの作品なのだが、テーマが面白そうだったのでついつい一気tubeしてしまった。



東のエデンとは

アメリカのホワイトハウスの前で、一人の女子大生が記憶を無くした少年と出会う。しかし彼は選ばれた、日本を救う12人の救世主のうちの一人だった。そして彼の持つ82億円が入った携帯と共に、日本に撃ち込まれたミサイル発射事件などに巻き込まれていく……といった感じだ。

既に2010年に劇場版が公開されているという、しばらく前の物語なのだが、これからの未来を非常に的確に表しているストーリーだと思ったので、その部分を考察してみよう。

  • 携帯で何でもできる

作中で出てくる『ノブレス携帯』というガラケーの携帯端末と、そこにある残高の82億円を使い、主人公たちは『ジュイス』というコンシェルジュ経由で、望みは何でも実現できる。……首相にギャフンと言わせることや、日本にミサイルを撃ち込むことでさえ。

これは、携帯というデバイスを使うことによって、人は神にすらなれる……という物理的事実とともに、逆にこれを無くしてしまうと何もできない……という、表裏一体のアイテムと化している。特に、裸のニートたちが携帯を探し漁る部分が象徴的だ。

  • ニートが将来の姿

主人公たちは、大人たちに搾取されてまともな人生が送れない……という実感を抱き、ニートが数多く登場する中、一人だけ就活する友人だけが浮いた存在となっている。そんな中、就活で嫌がらせされたヒロインに対して、主人公は「働きたくなければニートでいいんだ。そうすればいずれ大人たちは後悔する」というメッセージを送る。

そしてそれは皮肉にも日本の雇用減退という状況もあり、実際に現代に起きている現象とも一致している。

  • 集合知で問題を解決、画像検索エンジン『エデン』

主人公は、同じ救世主仲間によって引き起こされた日本の危機において、ニートたちの空き時間を活用した集合知により、それを解決しようとする。また、登場人物たちが会社を起こして起業しようとしているサービスの中身というのが、撮影した画像にクラウドによって情報を紐付けるという、Googleの画像検索のような『エデン』というソフトウェアだ。

これはWikipediaのようなものでもあり、最近使用し始めたGooglePhotoにも通じるものである。……いずれ遠くないうちに、全てのリアル情報がクラウドに繋がることになるだろう。

  • 小説で生きる表現

中盤以降、ストーリーが進み始めると共にそういった描写は無くなっていってしまうのだが、初期の頃の主人公とヒロインが語り合う場面では、情緒的な表現が多く見られる。……おそらく、『ニューシネマパラダイス』などが出てくる辺り、映画が好きな作者なのだろう。アニメで見てしまうと若干浮いた感じが否めないが、これは文章表現では非常に生きてくるだろう。ややもったいなかった。

 

社会とのシンクロ

さて、こうした感想と共に、ここに描かれている物語が社会にとって何を反映しているのかを考えてみる。

……日本には、もうヒーローは必要ないのだろう。

ここ最近の様子を見ていても、そう思う。

ネット時代になってから、かなり多くの情報が公になってしまった。そうした社会においては、かつてのような『絶対的なヒーロー像』というのは出てきにくい。何故なら、「全てのヒーローとは、実際は普通のただの人間」であるからだ。

これまでの社会では、ヒーローは絶対的な悪を倒す絶対的な正義として描かれていたのだが、最早その構図は崩れてしまった。



カンダタの蜘蛛の糸

登っている時はいいが、下がっている時には『大衆』や『空気』というものは恐ろしい存在となる。社会が上り調子の時のヒーロー像が、下降時にはまるで、芥川龍之介が書いた【蜘蛛の糸】のカンダタが見た景色のようになってしまうのかも知れない。……もし私がそうした物語の作者であったとするならば、大衆たちの気持ちを代弁する台詞はこのように描くだろう。

上昇時には、「頑張れ!頑張って私たちをもっといい場所へ連れて行ってくれ!」。

下降時には、「アイツだけ目立っていい想いをしようとしやがって!殺せ!道連れだ!」……と。

天上界から垂らされた蜘蛛の糸を辿り、一人登っていくカンダタは、下から登ってくる罪人たちを蹴落とそうとし、結局糸が切れて一緒に地獄へと再び落とされることになってしまう。……もしかしたら、芥川龍之介はそのような状況を経験したことがあるのだろうか。

私にはその様子が、まるでブラックホールのように真っ暗な生産性のない異空間へと、重力によって時間も物体も絡めとっていく、生命や進化とは真逆の生態系の挙動のように思える。……『死』とは、物理的に分解され、時間が止まってしまうことを表現する言葉なのかもしれない。

おそらく大衆に求められているのは、世界を救うヒーローなのではなく、「大衆にとって都合のいいヒーロー」なのだろう。

公務員とヒーロー像

……その分かりやすい例が、近年の公務員かも知れない。

公務員は、全ての国民に対してのサービス業である、という意見がある。しかしそれで円滑に社会が進むのは、その顧客が優良な人間ばかりだった場合が前提だ。訪れる顧客が皆、周囲のことなど気にせず、自分のことしか考えない自己中心的な人たちばかりだった場合、人々の利害が相反し、全体の最適化は崩れてくる。

つまり、客を選ばずに全ての意見を聞くから、社会は最適化されず、「誰からも文句の出なそうな最小公約数」にボーダーが引かれることとなり、皆にとって窮屈な社会が生まれてくるのではないだろうか。

これは経営として考えてみると、「組織がブランド化できていない」と言ってもいい。「お客様は神様だ」「誰の意見でも聞く」ということが、フタを開けてみたら誰のためにもなっていないという結果になっていることはないだろうか。

これから現れるヒーロー像の予想

この先を考えてみた時、社会は一体どうなるのだろうか。

……おそらく、今の日本社会にヒーローは生まれにくくなっている。もし生まれるとしたら、それはきっと『ジャンヌ・ダルク』のような、一般的な人間性からかけ離れた、ある種の「処女性」を持った偶像としてのヒーローになるのではないだろうか。

……もしかしたら、日本でフランス革命が起こる日もそう遠くはないのかもしれない。

だがもしそれを阻止できる可能性があるのだとすれば、私はそれは『ニート』のような存在がポイントになるのではないかと思っている。誰かの足を引っ張るようなネガティブニートではなく、誰もが自分の好きなことができる、『ポジティブニート』のような存在が。

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