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共産主義がクリエイティブを殺す

      2017/04/10

中国(正確には香港だが)に行って感じた話をしよう。



中華圏の特徴

事前に知っていたにも関わらず、驚いたことがある。

それは「オリジナリティが全くないこと」だ。もちろん、中国四千年の歴史と呼ばれる、伝統的な文化は残っている。が、近年になってからの自国の文化……というか特徴みたいな部分が見えてこない。
街を歩けば、どこを見ても「これ、どっかで見たことあるな……」という物ばかりだ。欧米、日本、韓国。それらの国から持ってきたものか、それをコピーしたもの。見事なまでのパクリ文化だ。

ちなみに上記画像は、中国のTVで流れていた子供向け(らしい)アニメである。ブタのキャラクターを使い、完全にピクサーのパクリのような技術を使って日本の変身ヒーローやロボットものの要素を取り入れながら、ストーリーの中身が無い(トムとジェリー的な?)感じに出来上がっていた。ついでに言うと、EDは妖怪ウォッチのパクリのようなダンス付きだ。

文化的な意識が違う

何故こうした文化になるのか……ということを考えてみたのだが、どうやらそれは、そこに住む人々が「オリジナルの物を作ろう」という意識そのものがないためだと分かってきた。……「無かったら、作ろう」という思考が無いのだ。
何故こうなってしまうのか……ということを考える前に、何だか似たような感覚をどこかで味わったような気がする。その既視感の元を辿ってみた。すると、辿り着いた先は『日本の田舎』だ。特に、「地域活性化」とか、「過疎化対策」といった言葉が付いた、様々な部分で同じ感覚を味わったことを思い出した。

つまりこれは、「前例主義」や「成功例をパクる」といった出来事にありがちの、村社会や公務員事業において実施されていることと、全く同じ状態ではないだろうか。そしてそこまで思い至った時、これらに共通するものとして『共産主義』が浮かんできたのである。……何故、共産主義においては、人々の創造性が無くなってしまうのだろうか?
考えた結果、二つの大きな仮説が思い浮かんできた。



二つの仮説

一つは、「出る杭は打たれる」という理由。
これらの仕組みにおいて共通することは、「平等」という状況が出来上がることである。社会において、均等が求められる。そうした中では、突出した状況は社会によって平準化するバイアスがかかり、そこまで努力した以上の見返りを得ることは少なくなるのだと思われる。それは、中国における政府がそうであり、日本の田舎における村社会がそうであるように。周りからはみ出て、目立てば目立つほど、足を引っ張られる。……そうした状況が起こっているのではないか。

もう一つは、「シェア」という意識である。共産主義の根幹と言えるかもしれない。
この、「みんなの物」という意識は、良い方に捉えれば「私の物はみんなの物」という形になるが、悪く捉えれば「あなたの物は私の物」と同じことになってしまう。……少なくとも、そうした意識が植え付けられる可能性があるのではないだろうか。

要するに、「人の物をパクる」ということに対して、全く罪悪感やそれに似たような感覚を覚えなくなってしまうのではないか?ということだ。つまり、「個人の所有物」というような「著作権意識」が薄れることで、他人の成果物を容易にパクる意識が生まれるのではないかと思うのである。

まとめ

当然、パクることに慣れた人は、苦労してオリジナルを作ろうとはしない傾向がある。……経済格差があり、食うことに必死になっている人々であれば尚更だ。求められるのは、単純な「結果」だ。その根本に志のようなものが根付いていなければ、そちらへ流れてしまうのは当然なのかもしれない。
楽して稼ぎたい、という意識でいる人々が、同じような方向性を持ってしまうのは当然かも知れないし、みんな平等を目指す思想であれば、人より苦労する必要なんてないもんね。
個性を目指すクリエイターたちにとっては、全くもって共産主義は、吸血鬼に対する銀の弾丸となり得る仕組みだなぁ……と思わされたのだった。

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